豪商からの伝言

江戸時代の近江商人に学ぶ顧客満足経営のビジネスモデル

特集 三井高利

「遠国の田舎者、女童も値切らずに買って喜ぶ正札商法」

・越後屋の「店先(たなさき)売」商法は、江戸のまちで評判となった。しかし、老舗の呉服屋にしてみればアウトサイダーであり、脅威だった。このまま越後屋の人気が高まれば、店が危ないという危機感を持った老舗は、さまざまな方法で 越後屋を潰しに掛かった。      
                    
・「越後屋は古着を染め直して、新品のように見せ掛け、安い値段で売っている。このような無法な商法で、江戸中の呉服屋が迷惑している」と奉行所に訴えた。これが本当ならば、越後屋は無罪では済まない。だが、そのような事実はなかった。
・さらに、バブル時代の地上げ屋とそっくりの方法で、越後屋に対して嫌がらせを繰り返すのだが、従業員の結束が堅いから、効果がなかった。
・越後屋は店の移転を考えたが、老舗は先手を打ち、妨害した。
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・そのような状況の中で、越後屋の転機となったのは、老舗の呉服屋が並ぶ本町で大火が起き、越後屋も類焼したことであ る。江戸に開店し、10年目のことである。
・この大火を機に、密かに入手していた隣町の駿河町に移転した。今の三越本店の場所である。
・この店の開店時に打ち出したのが、「現金掛値なし、正札商法」である。
・「呉服物には紛い物多く、素人目には品定めが難しい」と言われていた時代である。この新商法は「遠国の田舎者、女童 も値切らずに買って喜ぶ正札商法」と大評判を呼んだ。その繁盛ぶりは「お客様が遠くから来て下さり、朝から昼まで待 って買い物をしていただいた程である」(商売記)とある。
・わずか十数年で、越後屋は「富士山と並ぶほど有名」になった。
・高利の長男・高平は、「現金掛値なしの商いをしているが、越後屋は正直だと言うことで買って下さり、日を追うこどに繁盛していくのは有り難いことだ。これは品物を安く仕入れ、利を薄くして販売しているからである。それを店の支配人が考え違いをして、もっと高くしても売れるのではないかと、理に適わない値段をつけるようなことは、絶対にしてはいけない。そんなことをしたら、店は潰れてしまうと思って欲しい。商いはあくまでも誠実にすること。こちらの心掛けが悪ければ、店が衰退していくのは当然のことだ。本当に怖いことだ」と記している。
・この言葉からも分かるように、越後屋が「日本一」の大店になったのは、金儲けを追求したからではない。そんなことをしたら店は潰れてしまうとさえ言っているのである。越後屋が追求したのは「お客様満足」であった。
(続く)

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