豪商からの伝言

江戸時代の近江商人に学ぶ顧客満足経営のビジネスモデル

豪商に学ぶ

江戸時代の豪商に学ぶ近江商人と伊勢商人 茂木正雄

日本人はエコノミックアニマルか?
 戦後50年足らずで、世界で有数の経済大国になった日本は、世界の国々から「脅威の復興」と賞賛された。 
 しかし、その一方で、ヨーロッパの先進国からは、「自然や環境を破壊し、伝統や文化も犠牲にして経済的な繁栄を手にしたエコノミックアニマルだ」と非難された。
 日本の成長を妬んで言っているのだと思っていたが、今回の「バブル」で私たちはそのように言われても仕方のないことをやった。
 日本人はエコノミックアニマルなのか?私は知りたいと思った。日本における本格的な商業・経済活動の原点は江戸時代である。
 商いで成功した人は「豪商」と呼ばれたが、なぜ豪商になったのか?金儲けがうまかったからか、または金儲けのことしか考えなかったからなのか。
 江戸時代は約270年間続くが、前半の100年は小さな寒村であった江戸が人口100万人の世界一の大都市になる高度成長を遂げた時代である。
 成長期に登場する豪商は、幕府の役人と癒着して公共工事で財をなす「投機型」豪商である。「元禄バブル」ともいうべき現象が起きたが、バブル崩壊とともに没落。「長者に二代なし」と言われた。その代表が、紀伊国屋文左衛門である。
 「享保の改革」の後、成熟した時代に入ってからは、庶民を相手にした商いで成功した豪商が現れる。「長者に二代なし」と言われた時代に代をかさね、老舗として永続的な繁栄を続けたのが「近江商人」と「伊勢商人」であった。
 
「三方よし」の経営
 近江商人というと、朝早くから夜遅くまで天秤棒を担いで勤勉に働いた、だから成功したというイメージが強い。それはもちろんだが、近江商人が扱ったのは、呉服・薬・塗物などの高級品である。
 だから、「他国へ行商するも、すべて我が事のみを思わず、その国一切の人を大切にして、私利を貪るなかれ」(中村治兵衛)という心構えで商いに励んだ。
 たとえば、山形では紅花の栽培をすすめた。今も人気の土産品「おみづけ」は川で野菜を洗う時に、くずを捨てているのを見て、漬物にすれば食べられるとアドバイス「近江づけ」が生まれた。こんなかたちで、各地に近江商人により地場産業が生まれた。
 この姿勢は、行商に限ったことではなかった。「世間はいざ知らず、我が店で扱う商品は、堅牢確実なものを売らんと決心し、染めに織りに十分な吟味を加え、もって客を欺かず薄利に甘んじ、客を利し、併せて我も利し、いわゆる“自利利他”は古来の家風なり」(高島屋二代目飯田新七)
 このような近江商人の商いを、滋賀大学の小倉教授は「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」と名づけた。
 行商からスタートし、亡くなる時には三井と並び称された中井源左衛門は、新年を迎える度に「起請文」(神様・仏様に誓う言葉)を書いたが、最晩年に書いたものが「金持商人一枚起請文」である。
 そこには、「金持になることができるのは運がいいからと世間では言うが、そうではない。始末して一生懸命に働くことである。ただし、始末とけちとは違う。一代で金持になることは難しいから、ひたすら陰徳を積みなさい。そうすれば二代、三代と続き、家運は隆盛を保つことができるものだ」(中井源左衛門「金持商人一枚起請文」)
 と始末とけちちは違う、陰徳を積むように書き残した。
 勝海舟は「氷川清話」の中で、巨万の富を持ちながら自分のことには構わず、世の中のために財産を使い続けた近江商人・塚本定右衛門(紅屋)を、「田舎にはまだ本気の人がいる。おれの知っている人にもこの種の人が沢山あるが、江州の塚本定次といふ男は、実に珍しい人物だ」と絶賛している。
伊勢商人と三井高利
 近江商人と並び称された伊勢商人だが、川柳に「江戸名物 伊勢屋 稲荷に犬の糞」と謡われるほど「伊勢屋」は多かった。
 その伊勢商人を代表する豪商が、三井高利(越後屋)である。
 「越後屋は、富士山と並ぶほど有名である」「駿河町両店は、実に日本国一番の商人、これにつづく二、三番はない」と圧倒的な一番店であった。
 なぜこのような大店にすることができたのか。高利は「現金掛値なしの商いをしているが、お客様が私どもの店は正直だと言うことで買って下さり、日を追うごとに繁盛していくのはありがたいことだ。これは品物を安く仕入れ、利を薄くして売る商いをしているからである。
 それを店の支配人が勘違いをして、もっと高くしても売れるのではないかと、理に適わない値段をつけることは絶対にしてはいけない。そんなことをしたら、店は潰れてしまうと思って欲しい。商いはあくまでも誠実にすること。こちらの心掛けが悪ければ、店が衰退していくのは当然のことだ。本当に怖いことだ」と言い残しているが、全くけれんみがない。
 最後に 
 日本人はエコノミックアニマルなのか?という問いには明快な答が出たが、バブル崩壊以降も、企業を取り巻くスキャンダルは後を絶たない。若くして時代の寵児と脚光を浴びた経営者の多くは姿を消した。
 この厳しい難しい時代に生き残るための道はあるのか?江戸時代の豪商は、「道経一体」の経営こそが、永続的に繁栄を続ける王道であり最も確実な道であることを教えてくれている。
 そして、「道経一体」は、時空を超えた経営の原理原則であり、鉄則であることを。 

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